第三章 12
そう、それはまるで静かな波だった。
小さく、そして徐々に大きく、大地が揺れ始めた。
「……何?」
戸惑いはどちらにもあっただろう。だが、そう不安げな声を発したのは、『オーブ』を持つルアナだった。
揺れは大きくなっていく。
ここしかなかった。マリソルは、痛む身体を引っぱたいて、短剣を手に、ルアナとの距離を詰める。
ハッとなった彼女は、何やら呪文を唱えて『オーブ』を発動させた。深緑の宝玉が、光を発する。
だが、その『オーブ』が地面に陣を描くよりも速く、マリソルはルアナの懐に飛び込んでいた。誰もいない床に陣が描かれ煙が発生するのと、少女が相手の手から『オーブ』を床に弾くのと、ほぼ同時だった。
宝玉が転がっていった床が、ひび割れる。ひびは大きくなり、やがて床を突き破って木々の枝が伸びてきた。枝は『オーブ』を絡め取ると、そのまま天へ向かって伸びてゆく。
この部屋だけではなかった。工場のいたるところの床が割れ、木々の枝が、草が、花が、生えてきたのだ。それらは工場にあった機械に巻きつき、侵入し、次々に機能を奪っていった。
「これは……」
驚いているヴェルデの手を、ディノが突き刺す。短刀を落としたところを、傭兵は腕の動きを封じ、地に伏せさせ、取り捕まえた。
工場の奥では、呆然とするルアナの首に、マリソルが短剣を突き当てていた。力を失った右手から、片手銃を取り上げると、短剣を持っていない手で、両手を取り押さえた。痺れる左肩を、無理矢理言うことを聞かせる。そのまま背中に短剣を突き付け、工場の入り口へと歩いていった。
入口では、ディノがヴェルデを取り押さえていた。
「ルアナ様……」
マリソルに捕まった主を見て、青年が愕然とする。
「マリソル」
ずっと付き添ってきた傭兵は、少女のたくましい成長を見た気分だった。声をかけると、彼女はかすかに微笑む。戦いの傷は、相当、辛いものらしい。
「終わったね、おっさん」
その言葉が、この事件の終結を示していた。
マリソルは、木々に侵略された工場を、ただ静かに見ていた。