第三章 10



 彼は両手で腰の短刀を引き抜くと、そのままマリソルに突き出した。
 突然の攻撃に、彼女は避けようと身を捻る。左の短刀はかわせたが、右の短刀は左の脇腹に浅く入った。痛みに肺が固まる。息ができない。
 少女は、なんとか太刀を避けながら、腰の短剣を抜いた。混乱した頭をむりやり落ち着かせ、短剣で相手の太刀を受け止めるよう、言い聞かせる。
「そうね、貴女たちが皆、いなくなればいいわね」
 ルアナの楽しそうな声が聞こえた。次の攻撃がくる、左――
 後退しながら、マリソルはヴェルデの攻撃を受け止める。しかし、二刀流と短剣一本ではあまりに不利だ。彼女がそう感じた頃には、短剣で太刀を弾き返す一方で、右の脚に傷を負っていた。
 目で片方を追いながら、もう片方も見なければならないという厄介さ。
 次は右の短刀――
 そう思った頃には、左の短刀も次の動きに入っている。避けなければ――
 右の太刀を弾き返した瞬間、左の太刀は右側から入った別の剣に、弾き返されていた。
 ――ディノだ。
 ヴェルデが一旦、飛び退る。
 連れの傭兵は、早くも額に汗をかいていたが、顔には不敵な笑みを浮かべていた。剣を構えて、植人の青年を睨みながら笑う。
「自分のことは棚に上げて、フェリクスの仇討ちってね」
 少女がハッとなり周囲を見渡すと、ヘラルドは片手銃を構え、リウィアイはナイフを投げる体勢に入っている。
「あなたはどうするの?」
 植人の女性に訊ねられた自警団の男は、腰に差していた剣を抜いた。
「公務執行妨害だ」
 ミケルの言葉に、ヘラルドとリウィアイは顔を見合わせて笑う。
 工場内にいた警備兵も、各々の武器――主に剣――を構え、臨戦態勢に入っていた。先程のルアナの『貴女たちが皆、いなくなればいい』という言葉に応えたらしい。
 最初に動いたのは、ディノだった。ヴェルデの太刀と、彼の剣がかち合う。それを合図にするように、警備兵たちとヘラルドたちも戦いになった。
 マリソルは息を整え、短剣で植人のもう片方の太刀の動きを封じる。ディノへ向かおうとしていた右の短刀を、少女の短剣が受け止めた。ヴェルデの顔が歪む。
「ここで、あたしたちを殺したって、自分たちが悪いってバレるだけじゃん!」
 遺産権利の相続手続きをしている英雄の娘が、犯人を捕まえるとアルマスの工場に行って、謎の死を遂げる。それでは、アルマスが殺したと言っているようなものだ。
 マリソルの短剣を弾き返し、片方でディノの相手をし、植人の青年は苦しいながらも答えた。
「セフェリノ殿がいくらでも隠してくれる」
 セフェリノ・パドル伯爵がこの街の権利者になってしまえば、黒い真実はいくらでも隠せるということか。確かに、すでに街の政治に介入しているようで、議員や役人たちもマリソルの出現は驚いたと同時に、都合が悪かった節がある。
 少女は、祖父を探した。この戦いの中、セフェリノはどこへ行ったのか。
「それでいいの!? お祖父ちゃん!」
 マリソルが、奥の裏口に向けて叫ぶ。セフェリノは戦いに巻き込まれまいと、裏口から退散する真っ最中だった。
「行け、マリソル!」
 ディノの声に、彼女が走り出す。
「待て!」
「お前の相手は、俺っ!」
 少女を追おうとしたヴェルデを、ディノが妨害する。再び、二つの太刀と彼の剣の応酬が始まった。
 マリソルは急いで走り、工場の奥の裏口まで向かった。
 セフェリノがルアナに案内され、工場を後にしようとしている。戦場になってしまえば、それに巻き込まれてはいけないし、そこにいたという事実が後々、不都合になることもある。早々に立ち去ろう、そう思ったのだろう。
「さ、早く!」
 ルアナは裏口の戸を開けると、伯爵を外に促した。
 そこに、少女が追いついた。
「待って!」
 威嚇の意味で、短剣を先に突き出してしまった。驚いたセフェリノは、ルアナと共にぴたりと動きを止める。
 ――違う、これじゃ止められない。
 マリソルは短剣を一度、鞘にしまい、自分の祖父に語りかけた。
「お祖父ちゃん、あたしやパパとお祖父ちゃんは、考え方も違うと思う。
 でも、パパを殺した奴らと、ボカの街で悪いことをしないでほしいの……お願い」
 戦争を肯定する祖父と、軍役引退宣言をし、戦争には行かないと言った父。セフェリノの考え方は、父と、そしておそらく自分と違うだろう。だが、自分の息子を殺した者たちと、手を組まないでほしい。孫娘であるマリソルの願いは、それだけだった。
 セフェリノの白髪の眉が、眉間に寄り、何かを考え込むように孫である少女を見た。先程からの戦いで傷つき、血を流しながらも自分を説得しようとしている。血と汗で若者らしい化粧は崩れていた。それが、初めて見る孫娘の姿だった。
「伯爵!」
 急かすように、ルアナが叫ぶ。
 初老の男は、深く溜息を吐いて少女を見つめた。
「あんな宣言をした彼奴(あやつ)は馬鹿者だが、息子を殺した奴らとつるむ気はない」
 苦しげな、しかし厳かな声だった。その言葉を聞くと、ルアナもマリソルも驚いた。が、それは両極の感情へと変わった。
「ありがとう、お祖父ちゃん!」
「セフェリノ殿!!」
 喜び、飛びつかんばかりの孫娘と、愕然とし慌てる女武器商人に、伯爵は別れを告げる。
「ではな」
 これ以上、巻き込まれたくないと言わんばかりに、セフェリノは工場を後にした。迎えに来ていた馬車に飛び乗る。
 残されたマリソルは、信じられないという表情のルアナに再び短剣を抜いた。
「もういいっしょ? 大人しく捕まりなよ!」
 後ろ盾を失い、これ以上の戦いは不要だと少女は説く。
 だが、ルアナは背中に手を回すと、そこから片手銃を取り出した。
 パンッ
 という音が響き、マリソルの左肩に激痛が走った。発砲されたのだと、そこでようやく気付く。
 肩の激痛で意識が飛びそうになる中、彼女は目の前の女性に向けて、短剣を突き出していた。ルアナの右手に、短剣が刺さり、銃が落ちる。悲鳴が上がった。
「はあ……はあ……」
 少しでも左半身を動かそうとすると、痛くて気絶しそうだ。
「諦め……、悪いよ」
 片手銃が離れた場所まで転がって行ったのを見届け、マリソルはもう一度、ルアナに短剣を向けた。
 横目にディノを探す。ヴェルデとまだ戦っているようだ。
 ヘラルドとリウィアイは? 二人も警備兵たちと戦っていたが、さすが飛び道具をうまく使って脚や腕を狙い、人数の多かった警備兵を戦闘不能にしている。
 あとは、この工場の主であるルアナを捕まえれば、戦いは終わるだろう。
「もう、終わりだよ」
 短剣を向けられたアルマスの女主人は、ぎっと奥歯を噛み締めると、意を決したように、転がっていった片手銃めざして走った。
「待――っ」
 追おうとしたマリソルは、左半身の激痛で、うまく走れない。でも、走らなければ。次は命を、狙われる!
 片手銃を再び手にしたルアナは、少女に向き直ることなく、むきだしの階段を上り、工場の奥へと走っていく。マリソルは、痛みに耐えながら、それを追い、走った。呼吸をするにも身体が悲鳴を上げる。激痛というよりも、痺れる感覚に、うまく左半身が扱えない。
 カンカンカンッ
 むきだしの階段を上っていく。ちょうど通路に到着した時、先を進んでいたルアナが引き金を引いた。が、怪我をした右手ではうまく銃を扱えず、今度の弾は、少女の左腿を掠っただけですんだ。ヒリヒリとした痛みが、また増える。頭がうまく働かない。だが、構わずにマリソルは彼女を追った。額に脂汗がびっしりと浮かび、化粧は完全にはがれていた。通路の先は、また下り階段。
 滑るように階段を下り、少しでもルアナに近づこうとする。が、その振動で左肩の痛みも腿や脇腹の痛みも限界だった。
 辿り着いた工場の奥の部屋は、小さな机と、棚が並んだ質素な場所だった。そこで、マリソルはもう一度、ルアナに短剣を向けようとする。
 が、ルアナがマリソルに向く方が早かった。その左手には、緑の宝玉が乗っている。少女の短剣を握る右手が、一瞬、躊躇った。
「今度のは、外さないわよ」
 その言葉に、短剣を持つ彼女の動きが止まった。以前、ヴェルデが使ったのを見た時は、うまく制御できないようだった。しかし、今回は「外さない」という。
 父を殺した、道具――
 マリソルの背中に、嫌な汗が伝った。今すぐに壊したい憎しみと、命を握られている恐怖感。
「貴女の父親で実験したの。
 植人を殺して抽出する毒を、ね」
 少女を見据え、微笑むその瞳は、恍惚としていた。
「あの宣言のおかげで戦争肯定の流れが変わってしまうところだったしね。ちょうどよかったわ」
 ルアナが『オーブ』を愛おしそうに、片手銃を持った右手で撫でた。少女が傷つけた手は、宝玉に彼女の血を付着させる。
 リノの言っていたことと、先程の言葉が繋がった。
「じゃあ……植人をたくさん集めてるのは……」
「殺して『これ』を作るのよ。それが何か?」
 武器商人は、そう美しく首を傾げる。彼女にとって、ヴェルデ以外の植人は興味がなかった。家を守るためなら、新しい兵器の材料として植人を使うことなど、造作もなかった。それが、彼の仲間の種族であろうと。
 彼女が一番求めていたのは、あの青年が傍にいることだけだったから。