第三章 09
ボカの街は港に隣接した街だ。その陸側、市壁を出た郊外に、アルマスの工場はあった。
「本当に、フェリクス・パドル殺害の犯人がいるのか……?」
ボカの自警団で英雄暗殺事件の担当者である男――彼はミケルと名乗った――は、その工場の入り口で不信感丸出しでマリソルを見た。
彼女はふと、あることに気付いて、小さく首を捻った。
「た、多分……」
セフェリノ伯爵がアルマスの工場に行くという予定を聞き、急いでここに向かったが、犯人の植人(フランタ)もいるという確証はない。そのことに今、気付いたのだ。あわよくば全員まとめて成敗、という気持ちでいたが、それは根拠のない自信に基づいた予定だった。
「多分って何だね! それじゃ自警団動けないでしょうが!」
「でも、いると思うって! 多分!」
大丈夫! と、少女も付き添いの大人たちも自分を抱きこもうとする。そんな気がして、ミケルは溜息を吐いた。こんな少女だが被害者の娘であり、彼女の要請だ。聞かないわけにはいかない。
「わかった」
彼は腹を決めた。工場の入り口へと赴き、雇われ傭兵だろう、入口の警備兵たちに叫ぶ。
「ボカ自警団、ミケル・カーノだ! フェリクス・パドル殺害事件の重要な調査をするため、立ち入らせてもらう」
傭兵たちは自警団の名前に、戸惑い慌てている。その傭兵たちをミケルが退けている間に、マリソルは工場の入り口の扉を開いた。
鉄の扉はギギギッと軋んだ音を立てて開いた。工場内は、高い天井の大きな部屋のようになっていて、むきだしの階段や通路が複雑に入り組んでいた。まだ運営自体は始まっていないのだろう、作業員らしき人影はいなく、代わりに雇われ傭兵のような警備兵が多くいる。入口からまっすぐ進んだ場所で、女性と初老の男が、何事かという様子でこちらを見ていた。あれがアルマスの女主人という奴と、そして自分の祖父だろう、と少女は予測をたてる。
そして、その女性の影になる形で立っていた青年。見ただけでは植人だとわからないが、マリソルは知っている。彼が植人であること、自分の首飾りを、命を狙っていること、そして――
「あの人です! 父を、フェリクス・パドルを殺したのは!」
指を差して、彼女は叫んだ。自警団のミケルだけではなく、この工場内にも、セフェリノ・パドルにも聞こえるように、腹から出た大きな声で。
ごくり、とミケルの喉が鳴った。すごい場面に居合わせたものだ、そう思ったのだろう。
「あたしは、目撃者として証言します」
まっすぐに、マリソルは植人の青年――ヴェルデを見つめた。彼も緑の双眸で睨み返してくる。そう、あの現場で見た、緑色の瞳で。
「あら、どなた?」
セフェリノだろう初老の男と向かい合っていた女性は――おそらく話していたのだろう――、そう訝しげに少女を見た。長い銀髪の、透き通るような青い瞳の女性――ルアナである。
「私はボカ自警団、ミケル・カーノ――」
「貴方ではなくて」
連行するため、そして質問に答えるために名乗った男は、肩透かしを食らった。彼女の視線は、証言をした少女に向いている。若者文化の化粧をした、あの。
「あたしはマリソル・パドル。フェリクス・パドルの娘」
そう、少女は名乗る。マリソル自身、そう名乗ることに、若干の気恥ずかしさを持っていた。英雄の娘だと自分で言うことなど、今までほとんどなかったからだ。
ルアナの唇が、ゆっくりとつり上がった。
「うちのヴェルデが貴女のお父様を殺害した、その証拠はあるのかしら?」
微笑みながら、彼女は問う。確かに、そうだった。目撃したのは父が倒れてから。それを植人から――ヴェルデから聞いているのだろう。
だがマリソルは、その彼が深緑の宝玉を使った場面にだって、立ち会っている。
その宝玉のことをどう説明していいのか、少女はしばし迷った。
「煙の出る……『魔法』みたいな珠で、父を殺したんだ」
「魔法……それは面白いわね」
それでは話にならない、と言うように、ルアナは嘲笑う。しかし証言者として『オーブ』の説明をされたら、アルマスの新兵器がそれと一致すると、すぐに調査でわかるだろう。そしてヴェルデがそれを使い、英雄を殺したということも。
工場に押し入ってきた少女が、カツカツと近づいてきた。早足なため、カツカツというよりは、ズカズカだ。
ルアナの前に、ヴェルデが守るように割って入る。マリソルの深い青の瞳は、じっと青年を見つめていた。
そして、自身の首に掛かっている首飾りを、解き、外す。
それを目の前にきた植人に、差し出した。
「アンタに返すよ、これ」
マリソルの声は落ち着いた、しっかりとしたものだった。ヴェルデから父が奪ったという首飾りを返すことに、躊躇いはない。
「もう、それは必要ないから」
それ以外にも父との絆はある、そう今は確信できるから、返せるのだ。父の詩も、思い出も、この故郷も。それが唯一の贈り物ではないと、そう思える。
「……そうか」
ヴェルデは、少女から首飾りを受け取った。大きな手のひらに、その首飾りはすっぽりと収まってしまう。しばし、彼は感慨深くそれを見ていた。
両親の骨と琥珀で作った、自分のお守りだった。それがあれば、死んだ両親を近くに感じられた。それを――
彼は、ぐっと力を入れると、片手でその首飾りを砕き割った。
木屑のような骨の破片が、辺りに散らばる。手のひらに残った琥珀は、そのまま床へと転がった。
呆気に取られていたマリソルだったが、途端に怒りが湧いてくる。
「何すんだよ!」
掴みかからんばかりの勢いで問い質すと、今度は青年の方が冷静に、それに答えた。
「俺にも、必要ないからだ」
それは両親の骨。植人の両親が、いつも自分の傍にいるというお守り。それは、いらないのだ。
「砕くために、必要としていた」
植人としての自分。どんなに人間らしい感情や習慣を身につけても、人間になれない自分。だが、もう植人らしく戻ることもできない。植人としての自分に決別するために、その植人としての自分の象徴を求めていたのだ。それが、両親の骨で作った首飾りだった。
なんと中途半端な存在なのだろう、そう思う。ルアナを愛するにも守るにも人間ではないし、その人間には決してなれないのだ。ならば中途半端な存在であろうと、武器商であるアルマスを、そしてルアナを肯定するために、植人としての自分を否定し、彼女の影となって守ろうと決めた。
そう、だから――
「お前がここで死ねば、あとは何も問題ない」