第三章 08
翌日、マリソルたちは街の議会に、フェリクス・パドルの遺産と権利を相続すべく、赴いた。議員たちは、目を丸くした。突然、行方不明だった、かの英雄の娘が現れたのだ。鬼のような化粧をして。
止めたよ、俺は。ディノは心中で呟いた。だが、どうしても気合いを入れるとなると、化粧がしたいと言ったのだ。追われる身だった時は、人の目がそれまでよりも気になっていたし、化粧をしていない自分が変じゃないかと思っても、人の関心をひかないならそれでいいと思っていた。だが、化粧をしてもなお、フェリクス・パドルの娘だと言えると、マリソルは思っていた。さすがに娼婦まがいのヒルベルタ・ファッションはしなかったが。
「君……貴女は、本当にマリソル・パドルなのかね?」
議長は疑わしげに、その少女を見据えた。
彼女が、すう、と静かに息を吸う。
「ウチから、パパの……父の様々な遺品を持ってったでしょうが、ママに、母に宛てた手紙は持っていきましたか?」
議長が、フェリクス殺害の担当者らしき自警団の男に視線を向けた。彼は平静を装い、少女に答える。
「家庭の環境や人間関係についての資料として、押収しました」
「疑うんだったら」
議事堂にいる全ての人間の顔を見て、マリソルは言い切った。
「そこに書いてる父の詩、ぜんぶ、見ないでうたってみせるわよ!」
戦地から送られてきたフェリクスの手紙は、何十通にも及ぶ。その認(したた)めた文の最後に、必ず書かれていた詩。それを全て、ここで、そらで言ってみせるというのだ。
戸惑っていた議会は、そこまで啖呵をきられて疑う者はいなかった。そして、議員の中にはマリソルが若者ファッションをしていたことを知っている者も――もちろん、快く思っていなかった者も――多数いた。元から彼女の顔は知っていたのだ。ただ、突然現れたことに驚いただけで。
そうして、議会が命令し、役所が用意した多くの書類にサインと血印をし、マリソルは相続の手続きをした。
「ねえ」
今まで相続留保人の手続きをしたセフェリノが――そして黙認されてアルマスが――ボカの街に介入していただけあって、役人たちもマリソルの出現に戸惑いと不安を感じている。
その手続きに応じていた役人に、彼女は声をかけた。
「はい……」
何を言い出すのかと、彼はおっかなびっくりだ。まだ幼さの残る少女が、あの暗殺された英雄の遺産と権利を全て継ごうと言うのだ。心の中では、このボカの街はどうなるのかと思ってもいただろう。
彼女の口から出たのは、次の手を示す問いだった。
「あたしの……祖父は、セフェリノ・パドル伯爵は、どこにいるの?」
それは、彼に直接会うということか。そうして、どんな会話をするのか。また啖呵をきるとでもいうのか。役人はそう思ったが、素直に答えることにした。仮にもフェリクス・パドルの遺産相続をするという少女だ。
「……本日はアルマス商会の工場に視察に行かれると、仰っていました」
マリソルは、付き添いのディノやヘラルドたちに振り返る。彼らは頷く代わりに、ニッと笑った。
「それでは、フェリクス・パドル殺害現場の目撃者として、犯人との面通しに行きます。さっきの自警団の人を呼んでください。
はい、最後の書類」
パッとサインをすると、それを役人に突き出し、マリソルはそう命じた。言葉遣いはなかなか直らないと思っていたし、まだ間違えるところも多いが、なかなか堂に入ってきたな、とディノは心の中で笑った。
「自警団の、担当者ですか!?」
「そうよ、早くして」
次から次へと問われ命ぜられ、役人はてんてこまいだ。慌てふためく男を、少女は容赦なく急かした。
早くしなくては、遅いのだ。
傭兵は、縫ったばかりの右肩の様子を気にしている。ただで捕まるとは、とてもじゃないが思っていなかった。