第三章 01



 メーティス王国の街道には、街と街の間に宿がある場合がある。歩いているうちに夜になり、休憩所や村など休めそうな場所がない場合、とてもありがたいのだが、特に経営においての基準はない。首都や大きな都市を結ぶ街道ほど、その数は多いし、建っている場所もまちまちである。
 マリソルたちは村を出た後、ヘラルドたちの馬車でボカを目指していた。その途中に『街道の宿』があったので、今日はここで休もう、と部屋を取ったのである。アルマスの傭兵も縛ったし、植人(フランタ)の気配もなかったが、万が一のことを考え四人部屋を取った。中央の扉をはさんで、左にマリソルとリウィアイ、右にディノとヘラルドが眠ることにする。
「見張りだったら、あたしもやる!」
 遅い夕食を食べたマリソルは、そう三人に持ちかけた。アルマス商会の刺客が来ないとも限らないため、ディノとヘラルドが交代制で見張りをすると言っていたのだ。
「女の子たちは寝てていいよ」
 こういう交代制の見張りに慣れているディノが、少女の申し出に丸い目をして答えた。まさか名乗り出るとは思っていなかったので、驚いたのだ。
「だって、おっさんケガしてるじゃん!
 縫ってもらわなきゃいけないくらいなんでしょ!?」
 ビッと彼女の人差し指が、包帯で巻かれた彼の右肩を指す。すぐに治療しなければ死んでしまうほどの深手ではなかったが、浅いとも言い切れない。剣を握って戦うのが、難しいのだ。今は血止め薬のおかげで血は止まっているが、肉は裂けたままだ。縫い合わせるまでいかなくとも、固定して傷口を合わせているが、早く医者に診せて、縫った方がいい。
「まあ、そうだけどさ」
 それを言われると、その通りなので、つい勢いのまま怒られてしまう。そして、この傷は少女を庇って受けたものだった。彼女が責任を感じているのも、よくわかる。
「いいじゃない。皆で交代すれば」
 靴を脱ぎ、寛いでいるリウィアイが、のんびりと言った。彼女もナイフを使えるのだ。先程の助けに入った時のことを思い出しても、十分戦力になってくれるだろう。
 問題は、マリソルが気配を察知できるかどうかだった。
「マリちゃん、気配わかるの?」
「ヘンな物音がしたりミョーな空気だったら、みんなを起こすくらいできる!」
 経験豊富な傭兵に、気配も何もわからないが『空気』は少しわかる少女が食い下がった。万が一、襲われた時のために四人部屋なのであって、あの状況の後、また誰かがやってくる可能性は低い。それならば、彼女のやる気を買っても悪いようには働かないだろう。
 結局、ディノが折れた。
「わかったよ。皆で交代制にしよう」
 最初にマリソル、次にリウィアイ、手負いのディノと続き、最後にヘラルドという順番になった。
 各々が明日への準備をする。仮眠する者、まとまった睡眠をとる者、それぞれだ。
 リウィアイが窓を開いた。外に誰かいるのか、とマリソルは警戒するが、他の二人が緊張している様子はない。窓を開けた彼女は、窓の外に並んでいた花の鉢を、部屋の中へと引き入れた。横長の鉢を、二つも。
「あのー……」
 そして、それをズリズリとベッドの傍へ引きずってくる。彼女の奇怪な行動に、少女は訊ねずにはいられなかった。
「ん?」
 その問いかけにリウィアイが気付いたのは、鉢の花を踏まないように素足を突っ込んだ、ちょうどその時だった。
「何してるんすか?」
「寝る準備よ」
 そう言って、彼女は長いヴェールを取る。葉と蔦でできた長い髪が、姿を現し、そこでようやく、マリソルは彼女が植人(フランタ)であることを思い出した。植人は人間(ネイミ)のようにベッドで横になって眠らず、土に根を下ろして眠るのだ。
「足のうらから、根、出るんすか?」
「もう出てるわよ」
「マジで!?」
 隣のベッドから飛んできて、少女は彼女の足元を覗きこんでしまった。が、足の裏は土に埋もれていて、根が張っているかどうかはよくわからない。
 そうしている間に、リウィアイはもう片方の足も、別の鉢に突っ込み、両足を鉢に入れて立っている状態になった。人間のマリソルからすると、その体勢は非常に眠りづらそうである。
「交代の時は普通に、声かけるなり、肩叩くなりしてくれればいいから」
「ふぇー」
 足を間近で見てしまっていたマリソルは、彼女の足に緑の刻印のような脈があることを発見した。ゆったりとした上着を脱いだ腕にも、同じく植人の証である緑の脈がある。彼女は人間と同じ瞳の光をしているのに、確実に違う種族なのだ。
「って、また土散らかしてんじゃないか」
 向かい側の壁に設置されたベッドから、ヘラルドが呆れた声を出した。窓からリウィアイが鉢を移動させた部屋の床には、土が散らばっている。
「仕方ないじゃない」
「何度言っても直さないよなあ」
 悪びれず答える恋人に、彼は諦めに近い溜息を吐いた。
「植人なんだもの」
「それ言ったら終わりだろう?」
 だんだん痴話喧嘩に発展しそうなやりとりに、マリソルもディノも入っていいのか悩みものだ。
 ……そもそも。とても当たり前の疑問を、少女はつい口にしてしまった。
「二人は、どうして付き合ってんすか?」
 ヘラルドは人間。リウィアイは植人。性別は男女であっても、種族が違う。将来、結婚することもできないし、子どもを作ることもできない。それなのに恋人であり、ともに旅行に行ったり行動したりしているのが、少女には不思議なのだ。
 そう言われた恋人たちは、口論のようなやり取りをやめ、マリソルを見る。何でって、とお互いの顔を見合わせ、出した答えは、
「好きだから」
 のろけるように、頭を掻いた。
「人間と植人なのに?」
「あら、どうしていけないの?」
 返ってきたのは問いだった。え?と、マリソルは困惑してしまう。どうしてって言われても……。
「別に結婚したり、子どもを作ったり、そういうことができなくても、一緒にいて幸せならいいじゃない」
 違う?と首を傾げるリウィアイに、少女は反論できなかった。
「まあ、土で屋敷の絨毯が汚れたり、毎度のことだけどさ」
「それは諦めてよ」
「掃除する使用人の身になってやれよ」
 また言い争いに発展しそうな恋人たちに、少女と傭兵は間に入って仲を取り持った。