第二章 11



 「で、フェリクスのことがあってボカ行ったんだけど居なくて、自宅戻ったら来ましたよって言うのに居なくて、さ~がしたんだよ! ほんと!」
 傭兵たちを片した後、ヘラルドは馬車を近くに呼んで、ディノの傷の具合を見た。幸い、裂けてはいたが深くなかったため、血止め薬を塗り、布と包帯を巻いた。医者に診せた方がいいが、応急処置だ。そうしながら言ったのが、今のセリフである。「や~っと追いついたー」の、今までの経緯らしい。
 馬車を呼んだ時に、ともにいる女性を紹介された。
「こっちは、リウィアイ。呼びづらいから、リウって呼んで」
「ひとの名前を呼びづらいって何よ」
 紹介されたついでの言葉が気に入らなかったのだろう、その恋人――リウィアイは、ふんと顔を不機嫌そうに歪めた。
 マリソルには、先程から引っかかっていたことがあった。近くで見ると、それは顕著になる。そうして少女は、思い切って訊いてみたのだ。
「あの……もしかして、植人?」
 ヘラルドとリウィアイが、顔を見合わせる。彼女は、ふむ、と顔に手を当ててマリソルを見ると、
「まあ、植人なんだけど、ね。
 それより、まず自分の名前を名乗ろうか。ね?」
 あっさりと事実を認めると、長いヴェールを少しずらした。そこには、人間の頭髪ではなく、葉と蔓でできた髪があった。一目で植人であることがわかる。暗くて見えづらい足元の青銅の飾りを見せるより、効果的だ。
 だが、それよりも自分の名を名乗れ、と言われた方に、マリソルは気を取られた。そして、不思議にも思った。探してもらっていたなら、知っているはずだ。
「知らないんすか?」
「知ってるよ。
 でも、ちゃんとその人から聞きたいって、思わない?」
 ゆったりと喋るリウィアイの言葉には、不思議と説得力がある。そして、相手を非難するのではなく、そうしてもらいたいという要求が前面に出ていた。
 マリソルは、未だに握りしめていた短剣を腰の鞘にしまうと、手を差し伸べた。
「マリソル・パドル……です」
「わたしはリウィアイ。リウでいいよ」
 年上の女性だという緊張感で、少女はいつもより礼儀正しくなっていた。否定され、非難されるよりも、包み込み肯定されているような中での説得は、背筋が伸びるものだ。リウィアイはマリソルの汚れた手を、すっと躊躇いなく取り、握った。
 少女は、ヘラルドに手当てされている、ディノへと振り返った。自分の失態で負わせてしまった傷だ。自分の言葉のせいで村を出ることになったのに、あの傭兵たちに出くわしたのに、自分で挽回するどころか、一番大切な仲間に怪我をさせてしまった。
「…………ごめん、あたしのせいだ」
 その言葉しか、出てこなかった。ディノは逃げるだけでいい、避けるだけでいいと言っていた。それなのに、反撃に出ようと思ってしまった。もし彼の言うとおりにしていたなら、彼が傭兵たちを倒して、植人との戦いに手助けをしてくれたかもしれないのに。
 手負いの傭兵は、落ち着いた声で、少女に語りかけた。
「そう思ってるんだったら、それ以上は責めないよ。一応、助かったし。
 でも、助からなかったかもしれない。そのことは考えておきなさい」
 マリソルは、唇をきゅっと引き締めた。返事の代わりに、ゆっくりと首肯する。
 そうだ。たまたま今回はヘラルドたちが突然現れたからよかったものの、誰の助けもなかったら、どうなっていたか……。
「ヘラルド。もう一度訊くけど、どうしてここへ?」
 彼ら闖入者が持っていた包帯で傷が覆われると、ディノはそう友人に訊ねた。
「ん? まあ、さっき喋った通りなんだけど、あまり良くない噂を聞いてさ。お前たちがガルガンタに向かってるなら、大変だなあって」
 その言葉に、マリソルたち二人は顔をしかめてヘラルドを見る。
「なんで?」
 何故、ヘラルドの口からガルガンタの地名が出てきたのか、そして良くない噂とは何なのか。今までの目標地点であった街と、自分の祖父。それらに大きく影響する話なのか。
「さっきの植人、アルマス商会の植人奴隷として見覚えがあったんだ、俺には」
 先程の植人というのは、フェリクスを殺した犯人に違いないだろう。確かに、銃口を向けていた時、そんなことを言っていた、とマリソルは思い出した。その言葉を聞いて、あの植人は逃げ出したのだ。ならば、そのアルマス商会の植人で間違いないのかもしれない。
「そして、そのアルマスと繋がりを強めようとしている人物がいる。
 ――セフェリノ・パドル。君のお祖父ちゃんだ」
 え、と少女は間の抜けた顔をした。関係がよくわからなかったのだ。繋がりを強める? アルマス――パパを殺した奴らのところと? お祖父ちゃんが?
「なんで!?」
 当然出てくる疑問だった。
「武器商と仲良くするのは、セフェリノ・パドル伯爵は、戦争に賛成派だからさ」
「でも、パパを殺した植人がいんだよ!?」
「知らないんじゃない? まだ犯人の情報とか出てきてないんでしょう?」
 投げかけた問いにヘラルドとリウィアイが答えると、マリソルは呆然としたまま瞬きを繰り返した。今まで自分が頼ろうとしていた人物が、自分の祖父が、敵側と繋がっていたのだ。だから、こうしてガルガンタへ向かう街道に、アルマスの植人や傭兵がいたのだろうか。信じたくないが、その可能性は否定できない。
「もう一つ、悪い知らせ」
 人差し指を立てて、ヘラルドが告げる。
「その伯爵が、フェリクスの遺産権利の相続留保人になったってこと」
 一言ではあったが、彼の発した難解な単語に、少女は首を捻る。
「簡単に言うと、フェリクスの遺産やボカの街を治める権利を、留保人という形で相続しようとしてるんだ」
「…………簡単じゃない」
 ヘラルドの言う『悪い知らせ』の意味がわからず、マリソルは頭を抱えた。彼女にとって言葉が難しいのだ。
「要するに、マリソルちゃんが死ぬと、ボカはセフェリノ伯爵のものになるの!」
 元々、遺産や権利の相続は、死者の親よりも子へと継がれるものである。だが、まず最初に相続人となる妻のエストレリャは既に没しているし、娘であるマリソルも世間的には行方不明。父であるセフェリノの相続という可能性も出てきたのだ。しかし、いくら行方不明とはいえ、マリソルが死んだという証拠はない。死んでない以上は、セフェリノより先に相続する権利はあるのである。
 そこで、相続留保人という立場に立つことで、少しでも遺産権利に近づこうとしたのだ。相続留保人とは、遺産権利を相続するものが行方不明などで見当たらない場合、遺産権利を自分の手の内に留保することができる。そうして一定の年月が経ったり、相続人の死亡が確定した時に、自分が相続することができるようになるのである。
 アルマス商会の植人・ヴェルデや傭兵たちは、首飾りのみならず、マリソルの命も狙っていた。リウィアイが要約したように、マリソルが死ねば、セフェリノ伯爵は留保人として相続人の死亡を確認し、死者の遺産と権利をその手に入れることができるのである。もちろん、実際の相続の順番としても、誰の文句もなく相続することができる。また、もし殺せなくても一定期間が過ぎれば留保人として相続できるのだ。
「アルマス商会の工場が、ボカの郊外にあるの、知ってるかい?」
 少女は首を傾げた。ボカの街は故郷だが、繁華街以外のことは、あまりよく知らないのだ。確かに郊外に工場がいくつかあるが、果たしてどれがアルマス商会のものなのか……それはわからない。
「工場は、郊外にあるけど」
「セフェリノと組めば、そこで武器とかいかがわしい兵器つくり放題!な、わけさ」
「いかがわしい兵器……」
 その言葉に、マリソルはディノの顔を見た。彼も少女に見られ、頭にあるものが浮かぶ。
 植人の持っていた、あの緑の宝玉――
 今回は持っていなかったが、フェリクスを殺害した現場に持っていたもの、そして娼館の男たちを一瞬で殺してしまった、あの『魔法』のような珠。
 あれはアルマス商会の兵器なのではないか? そんな確信めいた仮説が、二人の頭に過ぎった。
「マジ、じょーだん」
 あんなものが自分の故郷で作られたら、たまったものではない。自分の父を殺したであろう兵器なのだ。
 そして、逆説的な答えが、彼女に浮かんだ。
「あたしが死ななければ、それって止められんだよね。
 っつか、もうあたしがパパの遺産取っちゃえばいいんじゃん!」
 殺されるのを待つ必要はない、自分の方がフェリクス・パドルの遺産相続をする権利があるのだ。それならば、それらを自分が相続してしまえばいい。
「まあ、簡単に言うとね」
 あまりに短絡的で直接的で、そして一番有効な方法に、ディノは喉の奥で笑った。
「でも、手続きにはボカに行かなきゃならない。
 多分、アルマスの奴らも、もしかしたらセフェリノ伯爵もいるかもしれないよ」
 ある意味では、敵の元へと、こちらから向かう行為なのだ。
 ヘラルドとリウィアイは味方になってくれそうだが、ディノの怪我もある。自分の判断が誤れば、自分だけではない、他の誰かが傷つくことだってあるのだ。その飛び込む勇気が、彼女にあるのだろうか。
「あたしは――
 マリソルは、首飾りを握り締めた。父にもらった唯一のもの、父が他人から奪った、首飾りだ。
 何が大切か。そんなことは、もう目の前に見えている。あとは、そこへと行く度胸。
 彼女は顔を上げた。青い瞳は、決意を固めた瞳だった。