第二章 07
大事な貴重品と剣を持って、チュイの家の近くの草原で、マリソルとディノが向かい合う。
「まあ、型を教えてもいいんだけど、いま大事なのは、かわす術だからね。
俺が剣で攻撃しようとするから、それを受け止めて弾く練習でもしようか」
剣術の型を教えても、もう対峙するであろう相手はいるのだ。それならばディノを相手に想定して、かわす方法や逃げる方法、もっと進めば反撃する方法も教えていった方がいい。
「手加減はするけどね。
短剣は構えなくてもいいから、楽に持って」
男は自身の剣を、構えずに持った。剣を構えてから戦い合うことは、日常的に少ない。どこからでも攻撃される、という練習の方が、実戦でも対応しやすいだろう。
ディノが剣を振りかぶり、あまり勢いをつけずにマリソルに振り下ろす。彼女はそれを真正面から受け止め、両手で短剣に力を込めて弾いた。
「そうそう。そんな感じ」
今度は下段から振り上げる。少女は短剣で受け止めようとするが、
「それなら半歩ずれてかわした方が早い。
受け止めるのと、かわすのと、ちゃんと判断していこう」
寸でのところで剣を止め、そう傭兵は注意した。
身体を動かし活性化する頭の中で、マリソルは幼少の頃を思い出していた。父に剣の稽古をつけてもらった時のことだ。疲れるし痛いしイヤだ、と小さな娘は思っていたことを、よく憶えている。稽古した回数はそう多くなかったが、幼い頃の父とのコミュニケーションは、それがほとんどだった。剣の型を繰り返して、手に豆ができたことを憶えている。パパは剣ばっかり、と怒ったことを憶えている。その頃に習った型を、憶えている。ディノの剣を受け止めたり、時にかわしたりしながら、少女は鮮明にそれらのことを思い出していた。
そうした練習も数分続くと、慣れないマリソルは息切れしてクタクタに疲れ果てていた。手足に力が入らず、今にも短剣を取り落としそうだ。
一方、ディノは息の一つも切れていない。体力の差もあるが、息や力の抜き方をわかっているのだ。練習に実戦と同じ精神状態で挑んでなどいない。
「今日は終わりにして休もうか。
毎日続ければ、効果あるよ」
ブリサのご馳走までは、まだ時間がありそうだ。草原に座り込んだマリソルの傍まで来ると、ディノもその隣に座った。
「効果、ある?」
「多分ね。
もう、意識が違うから」
そう言って、彼は少女の瞳を指差した。ニッと笑うと、プイと照れ隠しに顔を逸らされる。
「おっさん」
「お兄さん、ね」
ぶっきらぼうな声に、律義に訂正して応える。
「パパって、どんな人だった?」
意外な問いに、ディノは少女を見た。顔は背けられたままだったので、どんな表情なのかはわからなかったが。
彼は遠くの空を見た。昨日の曇天を引きずるかのように、今日も空は暗い。
「俺は下級市民の出でね。大金が欲しくて、兵士になった」
おっさんの話じゃないよ、とでもツッコミが飛んでくるかと思ったが、思いの外、マリソルは大人しく彼の話を聞いていた。
「そこでフェリクスに出会った。
当時は、まだ騎士道ロマンチシズムがあってね。騎士とはかくあるべき!みたいな思想が根強かった。その日の野営地を間違って通り過ぎても、敵に背を向けられないから戻らない、とかね」
「バカじゃね?」
「彼らは大真面目だよ。そういう騎士道に憧れてるんだから」
一言で切り捨てる少女に、ハハハと彼は笑う。
「平民を馬鹿にする奴らも多かった。というか、大半がそうだったね」
懐かしげに言うディノは、自嘲気味に口の端を上げた。
「でも、フェリクスは違った。騎士道に対する憧れもなければ、平民の俺を馬鹿にもしなかった」
その声は、過去を見ていた。あの時、出会った時の、フェリクス・パドルを。
マリソルは、昔を見つめる彼を通して、その当時の父親を見ようと、必死に想像を膨らませた。
「当時の奴らにしては、変わってたんだ。ヘラルドもそんな奴でね。身分を越えて、仲良くなれた」
少し照れながらも嬉しそうに話すディノに、少女は自身の故郷を思い返していた。ボカにいる友人のアニタは、リノは、どうしているだろう。……彼女、できちゃったかなあ。少し暗い気分になる。アニタにも彼氏できちゃったかなあ。それもイヤだな。ふと、昔話をしてくれた隣の男を一瞥する。……論外。
彼から視線を外して遠くを見ると、赤い雲を乗せた遠くの空は、もう黒い闇へと変わっていた。知らぬ間に黄昏時になっていたようだ。美味しそうな匂いに気付くと、空腹がキュルッという音で姿を見せる。
「そろそろチュイの家に帰ろうか」
剣の収まった鞘を手にすると、ディノが立ち上がった。それに伴い、マリソルも立ち上がろうとするが、手足にうまく力が入らず、盛大によろけた。大丈夫?と心配半分笑い半分の傭兵に、少女は新しいブーツで蹴りを放った。