第一章 08
困惑し怯えを見せた少女に、顎髭の男が口元を歪める。
「それにほら、そーいう仕事したくて、そんな恰好で『釣ってた』んじゃないの?」
その一言は、彼女の頭にカッとくるものでもあり、ズシリと腹に響くものでもあった。
「ちっげーよ! あたしは……ウェイトレスを……」
「その恰好で?」
周りの男たちから嘲笑が零れる。少女の頬が、怒りと恥ずかしさで真っ赤になった。違う、それだけじゃない、悲しさも、だ――
この男たちも、マリソルのことを奇抜な若者ファッションの外見でしか見ていなかったのだ。目を見ればわかる、と甘い誘惑をして、結局は働きたいという熱意を逆手にとった。ウェイトレスの夢なんて、心なんて、見ていなかった。
……こいつらの心も?
少女はゾクリと背筋を震わせた。自分の心を相手に見せるどころか、相手の心が見えていなかったのだ。だから、騙されたの? 違うっ!
とにかく逃げなくちゃ!! 元の場所へと戻る道へと足が動くが、そこに彼らの仲間がいることに、マリソルはハッと気付いた。囲まれている。
後ろに壁がある気配がしても、後ずさった。男たちは一歩、前進する。ダメだ、これでは……何も助からない。
彼女は意を決して、腰の後ろに手をやった。柄を掴み、勢いよく鞘から短剣を抜き放つと、そのままそれを目の前に掲げた。両手がブルブルと震える。止まれ、止まれっ!
「来ないで!」
マリソルの腹から、抜けるような声が出た。男たちはピタリと歩を止める。激しく動いてもいないのに、少女は肩で息をしていた。
最初に会った長髪の中年男が、フウと鼻から息を出す。呆れるような視線に、マリソルの肩が震えながら上下した。
「あのねえ、お嬢ちゃん。そんなん出したら危ないでしょ」
そんな慌てもしない声でそう言うと、また一歩、彼は進む。少女の胸を、恐怖が支配する。
どうして、危ないと思わなかったんだろう。どうして、おっさんの言うとおり、服を買わなかったんだろう。どうして、どうして……。
この外見は、演劇の主人公・ヒルベルタのようになりたいと、流行にのってやり始めたファッションだ。彼女の可愛らしさ、強さ、輝くそれらに憧れた。大人たちの反応は決して芳しいものではなかったが、それでも続けてきた服装だった。だけど、それを彼らは娼婦の仕事を探している者の恰好と言う。ヒルベルタもスラム街の少女だ。そう思われて、仕方ない。その覚悟が、足りなかったというの……? 違うっ!
「来るなっつの!」
当たらない間合いだが、マリソルは短剣を振った。威嚇だ。手が震えているから、威嚇にもならないが。長髪男は、仲間の顎髭の若者に目配せした。顎髭は自身の腰のベルトから、ナイフを抜き放つ。ドキリと少女の胸が強張った。
「だから危ないって――」
男はナイフで、彼女の短剣を弾こうとする。刃物を手から離してしまえば、あとは捕まえやすくなる。ナイフがヒュッと下方から振り上げられた。
その時、少女の頭を支配したのは、本能と、幼少の頃の感覚だった。短剣を引き、ナイフを空振りさせると、ガラ空きの胸に自身の刃を振り下ろす。そこまでの動作に、思考や言語は関係なかった。ただ、体がやったのだ。
夥しい血が、吹き出した。顎髭の若者が、信じられないと目を剥いてその場に倒れる。
「てめぇ!!」
顎髭の彼が倒れるのと、仲間の男たちが自身の刃を抜き放つのは、同時だった。
ビクリとマリソルの肩が跳ね上がる。彼女自身、自分が何をしたのか、未だに信じられないのだ。ただ、自分の身を守りたくてやった行為なのに、何故、どうして……。
血塗られた短剣を、胸元に引き戻した。短剣の刃の臭いじゃない、それだけじゃない、鉄のような臭いがする。今さら蘇る手の感触に、胸の奥が狂うように震える。
周囲を取り囲む、ナイフや剣を手にした男たち。
――あたし、殺されるんだ。
跳ね続ける鼓動と沸騰しそうな頭が、その状況を冷静に見つめた。勝てる相手ではないと、論理的に考える以前にわかる。
ガサリッ
通りのゴミの山が鳴った。男たちの立てたものでも、マリソルが立てたものでもない、新しい音。
娼館の男たちも、マリソルも、一斉にそちらを見る。少女は連れの傭兵に、儚くも強い期待を寄せた。
「見つけた……」
広場の入り口である通りに、一人の男が立っていた。