眉間に皺を寄せたグイードは、不機嫌顔で王城の廊下を歩く。珍しく王都の空が晴れたというのに、気分はちっとも快晴ではない。
保護区域から一日かけて移動装置で戻ってきた後、寝ずに報告書をまとめ上げたというのに、国王の執務室の前で門前払いをくらった。国王陛下はただいま大事な会食の準備中です、と禿げ頭の国務大臣は愛想笑いもせずにのたまった。それが真実なのか、グイードを疎んじて大臣の吐いた嘘なのか、それはわからない。彼は、ではこちらを国王陛下にお渡し願います、となるべく丁寧に笑顔を作りながら、心の中でハゲジジイと吐き捨てた。
身分社会の膿なんて、今までの人生でいくらでも見てきた。今日に始まったことではない。寝不足で神経が立っているグイードは、廊下ですれ違う役人や貴族たちに頭を下げながら、今にその首掻っ切る、と呪詛の念を送った。
王立大学への最短距離を歩くと、途中に回廊を通ることになる。王城の中にも黙想に耽るための回廊がある。しかし修道士のように熱心にグルグルと回る者を、グイードは見たことがない。おおよそ、貴族が表だってできない話をしていたり、侍女と下男が睦み合ったりしている。敬虔な宗教者が見たら卒倒するだろう。
今日も誰もいてくれるな、と祈りながら、グイードは回廊へ続く廊下を颯爽と進んだ。誰かがいる気配と話し声が聞こえ、彼は小さく舌打ちする。低い声が一つ、内容は聞こえない。おおよそ貴族が他の誰かと謀略でもめぐらせているのか。どいつだ蹴落としてやる、と回廊を覗きこむと、そこにはステンデルと息子のノルベルトがいた。
グイードは感づかれないように覗き見ながら、顔をしかめる。内容はわからないが、ノルベルトが渋い顔でステンデルの話を聞いている、ということはわかる。何故、親子がこんな場所で話しているのかわからない。征服派の父と、絶滅亜種保存委員会の息子。だが、仲が悪いという話は聞かない。特別、良いという話も聞かないが。
父親であるステンデルの話を聞くノルベルトは渋面だが、そこに多くの感情を読み取ることはできない。曇った表情なのに、心をどこかに置いてきた顔をしている。琥珀の瞳が泥のように深く沈んでいた。
「ふむ」
突然、背後から聞こえた声に、グイードは勢いよく振り返った。見ると白髪白髭の老人が、困ったように回廊を見ている。豪奢なローブは、司祭の着るそれだ。そしてグイードは、この老人に見覚えがあった。面識も。ハイマートの小さな教会で説教を聞いた、ドリーセンだ。
「困りましたね。せっかく王城の回廊で黙想に耽ろうと思ったら、あれはステンデル侯爵親子ですか?」
白い髭を撫でつけながら、どうしたものかと老人は思案する。何日か前に会ったばかりだが、その時には司祭の王城訪問は聞いていなかった――保存会はあくまで王立大学にあるので、王城の情報が全て入ってくるわけではないが。
「どうしましょうね。邪魔をするようで悪いですが、退いていただきましょうか」
ドリーセンは教会の中でも共存派の有権者だ。征服派のステンデルに遠慮するつもりはないらしい。
呆れながら回廊に入ろうとする司祭を、グイードは小声で引きとめた。
「あの、司祭。覗き見ていたことは……」
「わかっています。信仰は全ての人に平等です。奇妙な眼鏡をかけた貴方にも、ひとしく慈悲の光は降り注ぎます。
三十ミュンツェご寄附なされば」
タダで口止めができるとは思っていなかったが、とんだタヌキジジイだ、と彼は眼鏡の奥で苦笑する。
「……今度、教会へ参ります」
むりくり口の奥から言葉を捻り出すと、よろしい、とドリーセンは回廊へ向かった。ハイマートでも金を巻き上げられたことを思い出し、グイードはげっそりする。
二人の親子は突然の闖入者に、狼狽していた。司祭がステンデルに話しかける。ステンデルが回廊の奥――もう一つの出入口へと消えたのを見て、グイードはその場を後にした。ノルベルトがこちらへ来ては、鉢合わせになる。
遠回りして王立大学へ帰らなくてはならないが、今の彼はそれを厭わなかった。
ステンデルは何か画策しているのか? 彼はふと、赤毛の上司の表情を思い出した。貴族然とした態度が癇に障る、ノルベルト・ステンデルの沈んだ瞳。
――親は関係ないさ。
ハイマートで彼が呟いた言葉を、グイードは知らぬ間に反芻していた。