第二章

03

 歩いて半時間ほどで、彼らは森の中へと入った。快晴だったが、気候が涼しく日差しも柔らかかったため、エルゼは必要以上に疲れなかった。隣で歩くヴィタは彼女の歩調に合わせてくれたし、グイードもそれを急かすことはしなかった。
 ハイマートでは見ない種類の木が並ぶ森だ。葉や枝の付き方が違うのだろうか、それとも生えている密度の違いか。ハイマートや馬車で通った森のような暗さはなく、眩しいばかりの光であふれている。
 その様子がとても美しくて、エルゼは木々の合間から漏れる光の筋を歩きながら眺めていた。黄緑に見える草の中に動物のしっぽを発見する。あの大きさは狐? もっと大きくて狼だろうか。それだったら、少し怖い。
 そんなことを少女が思っていると、ガサリと茂みから本体が姿を現した。
「きゃあ!!」
 驚いて、反射的に隣のヴィタにしがみつく。青年はその声に驚いて、咄嗟に少女の肩を引き寄せた。前方を歩くグイードが何事かと振り返り、エルゼの視線の先を追った。
「……お前か」
「随分な挨拶だと思わんか、ギド」
 しっぽの本体が口を開き、歩み寄ってきた。顔や上半身は人間の女性と変わらない。服も着ていて、美しく藍色に染められた衣を羽織っている。しかし茂みから姿を現した下半身は獣のそれだ。しっぽも脚も黒い狼のようだった。半人半獣のその容姿に、動物のしっぽだと勝手に思い込んでいたエルゼは度肝を抜かされたのだ。
「ネガという亜種だよ。彼女たちも絶滅危惧種」
「ご、ごめんなさい。初めて見るから、驚いてしまって」
 エルゼは『ネガ』という亜種の女性の目を見て、真剣に謝った。ここは王国内の土地であって、王国内ではない。人間の世界とは違うのだ。
「ノクスの坊主の繁殖相手か」
「まだ仮契約だ」
 女性とグイードのやりとりに、もう少し言葉を選んでほしい、と少女は心の中で呟いた。
「私はネガ族のヒュルメン。この地域の見回り役をしている」
 女性――ヒュルメンが一歩、二歩と少女に近づき、衣の裾を持って人間風のお辞儀をした。エルゼもヴィタからすぐに離れると、同じように一礼する。
「ハイマートという村から参りました、エルゼと申します。先程は失礼いたしました。どうかお許しください」
 亜種の礼節を知らないエルゼは、懇切丁寧に言葉を紡ぐしかない。相手の目を見て述べた後、目上の者にするように頭を下げた。
「可愛らしいお嬢さんだ。亡くすのが惜しいね」
 くすりと笑う声に、エルゼの胸に嫌な風が吹く。ここへ来るまでの美しく新鮮な風景に、心がすっかり舞い上がっていた。単なる物見遊山ではないのだ。自分の命と将来がかかっていることを、彼女は改めて意識した。
「ヒュルメン、もう行くよ。夕方までに城に着かないと」
 責付(せつ)きはしないものの明らかに時間を気にしているグイードを見て、ヴィタが別れの挨拶をした。
「そうだな。最近また、密猟らしき人間の姿を見る。気をつけて」
「ヒュルメン、それに関しては報告書を」
「わかってる」
 保存会の人間に彼女は頷くと、浮かない顔の少女に微笑みかける。
「さようなら、エルゼ。帰りにまた会えるといいね」
 エルゼも頑張って頬を持ち上げると、歩き出したグイードたちの後を追った。