レヒト王国の王都ドゥンケルシュタッド。その中でも一際高くそびえる石造りの王宮を、重々しい衣装に身を包んだ男たちが歩いていた。
午後の日差しは晴れているのに弱々しく、回廊の隅には闇が潜む。
「陛下、先日申し上げた亜種の討伐隊についての案ですが……」
先頭を歩く黒い服の男に向けて、すぐ後ろにつき従う齢五十ほどの男が切り出した。豪奢な貴族服で細身を包み、年齢を感じさせない優美な雰囲気を纏っている。
「なんだ、ステンデル」
ステンデルと呼ばれたその男は、わずかに頭を低くし、続けた。
「王国内に潜伏を続ける亜種の一掃を目的とした、大々的な討伐運動をされるべきです。戦争終結から六十余年、真の人間世界への一歩として、まず、奴らを殲滅しなければなりません」
歯切れよく述べるステンデルの言葉を、彼の斜め後ろを歩く厳つい男が鼻で笑った。齢四十ほどの男で、くすんだ金茶色の髪をきっちりと撫でつけ、橙色の貴族服を着ている。厳格そうにつりあがった目が、ステンデルを冷たく見ていた。
「なんですかな、ボルシュ卿。意見がおありなら、鼻ではなく口で仰っては如何(いかが)か」
「よいですか、陛下」
「許可する」
振り向かずに先頭の男――国王は、ボルシュと呼ばれた男に言い放った。
「彼ら亜種は我々の知らない特殊な素材や技術を、数多く持っている。それらの多くは先の殲滅運動により、永久にこの世から葬られてしまった。我々がすべきことは彼らを殺すことではなく、ともに知識や技術を共有することではありませんか?」
切々と説くボルシュに、今度はステンデルが嘲笑する。
「まるで劣悪種にご教授願うような言い方ですな。敗者は敗者らしく、この世から消え去ればよい」
「貴公のご子息は確か、絶滅亜種の保存委員会に所属しておいででしたな。貴公が劣悪種と呼ぶ彼らの素晴らしさは、ご子息の方が理解されているようだ」
「貴方は奴らを使って金儲けがしたいだけでしょうに。ボルシュ卿は余程『商人ごっこ』がお好きなようだ」
背後で起こった論争に、先頭の男が溜息を吐いた。制止の声を上げずとも、それだけで二人は押し黙る。
「先に言うが、亜種討伐の案は却下する。反乱を起こす力もない奴らを、わざわざ狩りに行くつもりはない。一方的な殺戮はつまらん」
意見を退けられたステンデルは眉間の皺を深くした。苦虫を噛み潰すような顔のまま、しかし反論は喉の奥でこらえる。
「だが亜種と手を結んだところで、大きな得があるとも思えん。何十、何百の年月を戦った先人たちに、申し訳が立たないしな」
勝ち誇った表情だったボルシュも、同じような渋面になった。
二人の顔を眺めようとでもするように、先頭の男が振り返った。それまで練り歩いていた一群が、ピタリと止まる。
黒髪に黒服、この国の頂点に立つ者であるのに、まるで彼だけが葬式のようだ。装飾も刺繍も最低限しか施していない。だがその一つ一つが最上級の技術や品であることを、彼につき従う者たちは知っていた。まだ年若いにも関わらず他を圧倒する威厳があるのは、その異様な黒服のせいだけではないことも。
「我々がすることはこの国の統治に他ならない。そして、奴らに国を脅かす力はない。
あまり亜種が亜種がと小さいことにこだわるな。器が知れるぞ」
口元だけで薄く笑い、彼はまた前を向いて歩き始めた。ボルシュもステンデルも、他の者たちも苦い表情のまま、その後をついて行った。